SEARCHING A NEW WAY
コロナ禍や大雨など不測の事態が続き、幾多のイベントやレースの中止が相次いで、成す術もなく楽しみや目標を失う昨今だ。それでもモンチュラのアスリート達はその先を探すことを止めない。新しいルートを、新しい遊びを、そして喜びを見つけていく。自然に挑み、調和しながら健全な心身を保つモンチュラのアスリート達。彼らの美しい姿に、より良い生き方のヒントがあるかもしれない。
難易度高めな105kmチャレンジ。
目標タイムは約25時間。
夏の様な暑さとなった2021年10月初旬、モンチュラアスリートの鈴木栞奈さんが奥武蔵ロングトレイル105kmに挑戦。既にコースを完走している矢嶋信さんをペーサーに迎えて挑み、そして燃え尽きた一日を振り返ってもらった。
「登っても、登っても、全然終わらない。もう泣きたいくらいの感じでした」
栞奈さんが奥武蔵ロングトレイルの印象を振り返る。105kmという長距離に加え、アップダウンを繰り返す峻険なトレイルの累積標高は8000mに至り、じわじわとランナーの体力を奪い続ける超難関コースだ。実は今回の過酷なチャレンジの背景には、『信越五岳トレイルランニングレース』の中止があった。
「2021年度の下半期のメインと考えていたレースの中止が決まり、途方に暮れる思いでした。100km走りたかった気持ちが収まらず悶々としていた私に、同じモンチュラアスリートの矢嶋信さんが声をかけてくれたんです」
仕事を終えて飯能に集合。2時間半ほどのわずかな仮眠をとっただけで、これから25時間以上の行程を走り続けると言うから驚きだ。
累積標高が8000mにも至る急勾配のアップダウンを繰り返す。身体能力はもちろん、緩急がつけにくいので精神的な強さが要求される。
深夜1時にスタートを切り、睡眠も取らず昼夜を通して25時間以上走り続けるプランが立てられた。この記事の執筆時点では、このコースを通しで走破できたランナーは極端に少なく、女性ランナーにおいては恐らくまだひとりも現れていない。相当手強い挑戦となるのは明らかだった。周囲の支援も次第に手厚くなっていく。
「私の個人的な欲求から始まった話にもかかわらず、矢嶋さんは併走してくれるだけでなく、全体の計画からエイドの手配もしてくれて…気がついたら沢山の方に協力していただける状況になっていました。サポートや応援してくれた皆さんにとても感謝しています」
よく見ると矢嶋さんが鞭の様な枝を持っているが、先導しながら蜘蛛の巣をはらうためのもの。決して栞奈さんを鞭打つためのものではない。
モンチュラからのサポートとして、補給のためのエイドステーションは約40km、60km地点の2箇所に設置する。
想像以上に苦しいコース。
怪我からの修正を試みながらまだ進む。
飯能中央公園をスタートしてから5時間ほど、夜明けを迎えた「子の権現」の尾根に現れ、いつも通り楽しそうな笑顔を見せてくれていた栞奈さん。だが、その後予定より遅れて昼過ぎに第1エイドに到着したときの表情には流石に少々疲れの色が見えていた。コースが想像以上に苦しいのと、どうやら途中で足首を捻ってしまったらしい。
「やってしまった!とは思いました。でも今回は比較的、怪我に対する対処がうまくできたのは良かったです。すぐに冷やして適切にテーピングしたので、その後の走りには影響がほとんどなかったです。この経験は今後の自信にも繋がると思います。」
この先の行程を思えば怪我の不安はあるはず。それでもまだまだ持ち前の笑顔は途絶えない。和やかに補給を済ませたあと、テーピングを巻き直すその凛としたまなざしは、完走をしっかりと見据えているように思えた。
走行途中に応急処置を施した左足のテーピングを、出発に向けて慎重に巻き直す。いつになく真剣な表情が印象的。
巻き終わるとすぐに、いつもの笑顔に戻った。
「今回は食事がちゃんととれたのも嬉しかったです。いつもは食欲が湧かなくて素通りに近かったエイドですが、用意していただいた焼き鳥やお鍋なども美味しく食べられました。サポートいただいているメーカーさんの行動食も食べやすく機能的なので、ずいぶん助けられました」
束の間の休息を終え、少し傾いてきた陽射しに伸びた影を連れて、ふたりのランナーはまた走り出す。その足取りは軽快に見えたのだが...。
第1エイドの昼ごはんは焼き鳥と鍋。今は暑いかもしれないが、本領を発揮するのは今夜。第2エイドでうどんを投入する為の布石なのだ。
栞奈さんを支える行動食たち。食べやすく機能的な「おいエナ」や、マシコビトさんのランナー愛が止まらない「罪悪感のないおやつ」など。
秋の気配をわずかに感じながらも、まだまだ強い日差しと暑さが体にこたえる。
蕨山へと続く金毘羅尾根に、杉林が強い縞模様の影を描いていた。
苦行のようなアップダウンが続く。
コースの半分で断念。
再び宵闇に包まれたトレイルを、集中力を引きずり出しながら距離を詰める。しかし急勾配を上下するだけでなかなか進まない。やがて50kmにさしかかった頃、栞奈さんの足は思う様に動かなくなってしまった。矢嶋さんの励ましにも応えられない自分についイライラしてしまう。
「コースが手強くあまりに進まない感じで、心がぽっきり折れる寸前でした。楽しむ余裕もすっかり無くなってしまって。気遣って声をかけてくれる矢嶋さんに対しても、今は何も話しかけないでくださいとお願いする有様でした。自分でも勝手だなと思いましたが、いっぱいいっぱいでしたね」
励ましの言葉は、時に意図せず相手を追い詰めてしまう。ぎりぎりで自分自身と戦っている人に対してむやみに言葉をかけるより、黙って見守るだけの方がいいときもある。
「矢嶋さんは状況をすぐに理解して、良い距離感で私を放っておいてくれました。本当に苦しかったので、ありがたかったです。そしてついに私の限界も見極めて、次のエスケープポイントから下るように言ってくれて。悔しさよりもなんだかすっきりしましたね」
ペーサーが終了を判断したときに、素直にそれを受け入れられるのは、ランナーとしての信頼関係があればこそ。いくら悔しくても、疲れてイライラしても、最終的に山を下りるのは自分の足なのだとお互いが知っているからだ。最寄りの林道に下りてきた栞奈さんは疲労と安堵の入り混じる表情で言った。
「自分に負け残念でした。でも正直、これ以上行っても楽しめないとも思ったので、悔いはないです。」
完走ならずで気落ちしているかと思いきや、拍子抜けするほどの潔さがなんとも気持ちいい。自分に負けたと言いながらも、どこかに栞奈さんなりの達成感があったのかもしれない。
急勾配のアップダウンを繰り返す手強いコース。走れる箇所のあまりの少なさに今回は断念。悔しい様な、でもほっとした表情の栞奈さん。
第2エイドに到着した矢嶋さん。栞奈さんが無事下山したことを確認すると、せっかくだから(?)と単独でルートを続行することに。
「頑張って」より「楽しんで」。
達成感や困難の克服が醍醐味であるトレイルランニング。登山やクライミングもそうだが、それらがスポーツである以上、気晴らしとしての遊びの要素が不可欠だ。『走りをせんとや、生まれけむ』だけでは続かない。誰もが日々を顧みた時に、つい頑張りすぎてはいないだろうか。
「自分の経験を振り返ると、誰かに『頑張って』と伝える難しさを感じてしまいます。思いやりだとわかってはいても、これ以上頑張れない!て状態のときにかけられると、酷な言葉に聞こえたりもするんですよね。じゃあ負担にならない言葉はと言うと…頑張る目標もみんなそれぞれなので、『楽しんでね』と言うのがいいかもしれないですね」
そもそも栞奈さんが、地元静岡からの上京を決めたのは、UTMBへの憧れを抱き、より長距離の鍛錬を積みやすい環境に身を置くためだ。陸上を始めた10数年前からずっと、競技としてのラン人生。レースがないときも、環境や自分自身と戦うような日々を送ってきたはずだ。そんな幾多の困難を乗り越え続けるために、栞奈さんが見出したのは精神論や根性論などではない。ただひとつ、楽しむことだ。いつも自分の心に正直に、子供の様な遊び心を忘れずに自然と戯れていれば、心と体は澄み渡っていく。
「つらいよね。でも楽しんでね」
あなたが困難に喘いでいるならば、きっと栞奈さんならそう言ってくれるはずだ。それでもどうしようもなくて、もう何も話しかけないで欲しいくらいのときはきっと、姿を見失わないくらいの距離でそっと見守ってくれるだろう。奥武蔵ロングトレイルをずっと並走してくれた矢嶋さんや、サポートの皆さんと同じ様に。
トレイルパートでは木の根が多く、岩がゴロゴロしたガレた道も多い。当日の気温は低山ならではの暑さで苦しめられるが、走れば元気に。
途中で捻った足首を、名栗河の冷たい清流に浸してひと休み。内臓が疲れて食事が取れないこともあるそうだが、この日は快調のようだった。
休日の混雑を予想して早めに1つめのエイドステーションを設置。準備万端整えてランナーの到着をじっと待つエアモンテ数歩さん。
ペーサーのつもりがついつい最後まで走り切ってしまった矢嶋さん。これで奥武蔵ロングトレイル2度めの完走を果たした。
ひだまり山荘の荻原さんたちも応援に駆けつけ、お見送り&お迎えの他、75km地点にもエイドステーションを追加で設置してくれた。
後日東京は神保町にあるMONTURA TOKYO店頭にてInstagram Liveを使った報告会を開催。ご来店のお客さんとの懇談も楽しんだ。
ペーサー:矢嶋信(MONTURA Official Athlete)
協賛:エアモンテ株式会社(エイドサポート)
マシコビト
おいエナ
特別協賛:ひだまり山荘
写真と文:新井 知哉(C-over)
写真(MONTURA TOKYO店内):
佐藤 孝哉(MONTURA TOKYO)